ダイヤモンドの歴史とは?誕生・でき方から日本での普及まで徹底解説
宝石

ダイヤモンドと聞くと、高価で特別な宝石というイメージを持つ人が多いのではないでしょうか。ダイヤモンドは婚約指輪やアニバーサリーのためのジュエリーとして選ばれることも多く、憧れの宝石として知られています。ですが、そのダイヤモンドがどのように生まれ、どんな歴史をたどってきたのかについては、意外と知らないという人も少なくありません。
ダイヤモンドの起源をたどると、地球の誕生からそう遠くない太古の時代にまでさかのぼります。地底深くの高温高圧の環境で生まれたダイヤモンドは、長い年月をかけて地上へと運ばれ、やがて世界各地で発見されるようになりました。
今回は、ダイヤモンドが誕生した仕組みから、世界各地での発見や加工の歴史、そして日本での広まりまで詳しくご紹介します。ダイヤモンドの背景を通して、太古のロマンや歴史に思いをはせてみてください。いつもとは少し違った気分でジュエリーを身につけられるかもしれませんよ。
目次
1.ダイヤモンドの歴史はいつから始まった?

ダイヤモンドは、強い輝きを持つ美しい宝石です。すべての宝石の中で一番有名で、一番人気があると言っても過言ではないほどで、ジュエリーショップなどで見かける機会も多いですし、実際に持っているという人も多いでしょう。
ダイヤモンドの人気や価値については疑うべくもありませんが、ではダイヤモンドはなぜこれほど人気なのか?この人気はいつからなのか?ということはあまり知られていません。ダイヤモンドの歴史は遥か昔。天然ダイヤモンドには約35億年前に形成されたものがあると考えられています。
ダイヤモンドの歴史と聞くと、人類が発見してからの物語を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、実はダイヤモンドそのものの歴史は、人類の歴史をはるかに超えて遡ることができるほど古いものなのです。
この章では、地球上でもっとも古いダイヤモンドがいつ頃生まれたのか、そして人類がダイヤモンドという石をいつ頃から手にしていたのかについてご紹介します。気の遠くなるような時間のスケールを知ることで、ダイヤモンドをより価値の高いものとして見ることができるようになるかもしれませんよ。
| 年代 | 主な出来事 |
| 約35億年前 | 古い天然ダイヤモンドが形成される |
| 紀元前4世紀以前 | インドで採掘・取引が行われる |
| 14世紀頃 | ヨーロッパへ流通し、加工技術が発展する |
1-1.最古のダイヤモンドは約35億年前
天然ダイヤモンドの中には、約35億年前に形成されたものが確認されています。地球の年齢が約45億6,000万年とされていることを考えると、驚くほど古い存在です。
人類が地球上に存在するより、はるか昔からダイヤモンドは存在していたことになります。気が遠くなるような年月ですね。
天然ダイヤモンドは、およそ9,000万年前から35億年前に形成されたと考えられています。それほどの長い時間をかけて少しずつ大きくなり、さまざまな偶然を経て私たちが購入することになったと考えるとなんだかロマンチックです。
ダイヤモンドは、地底の奥深くにある岩石の中に含まれていた炭素が、高温・高圧によって偶然に結晶化したものだと考えられています。人の手が加わったわけではなく、地球という星が長い時間をかけて自然に作り出した産物というわけです。
今、身につけているダイヤモンドが、太古の地球の記憶を宿しているかもしれないと考えると、いつものジュエリーが少し特別なものに感じられるのではないでしょうか。
1-2.ダイヤモンドが初めて発見されたのはいつ?
ダイヤモンドが地球上で誕生したのは太古の昔ですが、人類がその存在に気づき、実際に利用し始めたのはもっと後のことです。歴史家の推定によると、インドでは遅くても紀元前4世紀ごろにはダイヤモンドの取引が行われていたと考えられています。
当時のダイヤモンドは、インド国内の河川から採集されていました。川底の砂利の中に混ざっている原石を見つけ出すという、根気のいる作業だったようです。川にダイヤモンドが転がっている聞くと、誰でも手に入れられたのかな?と思うかもしれませんが、当時からダイヤモンドはとても貴重なものでした。そのためダイヤモンド市場も、インドの富裕層に向けたものに限られていました。当時のダイヤモンドは今のように磨かれたものではありませんが、それでもキラキラと輝き、当時のインドの富裕層はお守りとして身につけていたそうです。
ダイヤモンドが世界に広まっていくきっかけとなったのは、14世紀頃のことです。インドのダイヤモンド原石が他のエキゾチックな商品とともにキャラバンによって運ばれ、ヴェネツィアの中世市場を経て西ヨーロッパへ渡っていった後のことです。当時、品質の良いダイヤモンドはほとんどインド内で使用されておりヨーロッパに渡ることはありませんでした。ところがこの頃からダイヤモンドの加工の技術が発展していき、今までは価値がないとされていたようなダイヤモンドも美しく輝くようになったのです。
ダイヤモンドという宝石が広く知られるようになるまでには、長い年月と、人から人へと受け継がれていく物語があったのです。
2.ダイヤモンドの誕生の秘密

ダイヤモンドがどのように生まれるのか、詳しく知っている人は意外と少ないかもしれません。透明で美しい輝きを放つダイヤモンドですが、実はとてもシンプルな成分からできています。
この章では、ダイヤモンドを構成する元素や成分、そして地底深くで結晶化する仕組み、さらにその原石がどのようにして地上まで運ばれてくるのかについて見ていきましょう。
2-1.ダイヤモンドの元素と成分
ダイヤモンドの主成分は、炭素というたったひとつの元素です。炭素と聞くと、鉛筆の芯に使われる黒鉛を思い浮かべる人もいるかもしれません。実は、ダイヤモンドと黒鉛はどちらも炭素からできているという共通点を持っています。
同じ炭素からできているにもかかわらず、見た目や性質がまったく異なるのはなぜなのでしょうか。その理由は、炭素原子の結びつき方の違いにあります。黒鉛は炭素原子が平面状に並んでいるのに対し、ダイヤモンドでは炭素原子が立体的に、非常に強く結びついています。この結晶構造の違いが、ダイヤモンドの硬さや透明感を生み出しているのです。
炭素という、地球上にありふれた元素からできているにもかかわらず、天然物質の中でもっとも硬い鉱物になるというのは、なんとも不思議な話ですね。この特別な結晶構造こそが、ダイヤモンドが非常に硬い宝石として知られる理由なのです。
2-2.ダイヤモンドのでき方
ダイヤモンドが結晶化する場所は、地表からはるか下、地下150キロメートルから200キロメートルほどの深さにあるマントルの巨大な岩石の層の中だと考えられています。この深さには、ダイヤモンドが結晶化できる高温・高圧の環境があります。
こうした極限環境の中で岩石が溶かされ、炭素を含む物質から原子がゆっくり結びつき、規則正しい結晶構造を作り上げていきます。この結晶化には非常に長い時間がかかり、数億年から数十億年という単位で進んでいくと考えられています。
つまりダイヤモンドは、人の一生どころか、人類の歴史そのものをはるかに超える時間をかけて、少しずつ作られていく石だということです。地球という巨大な星が持つ力と時間が合わさって、はじめてひと粒のダイヤモンドが誕生する。そう考えると、その価値にも納得がいくのではないでしょうか。
2-3.ダイヤモンド原石が地上に運ばれる仕組み
地下深くで生まれたダイヤモンドは、そのままでは私たちの手に届きません。地表から遠く離れた場所にあるダイヤモンドが、どのようにして地上まで運ばれてくるのか、気になる人も多いでしょう。
ダイヤモンドを地上へと運ぶ役割を果たしたのは、キンバーライトと呼ばれるマグマが冷えた岩石の一種です。地球内部で火山活動が起こるとき、地下深くのマグマが急激に上昇することがあります。このとき、地表へ向かうマグマの通り道である「パイプ」と呼ばれる筒状の構造の中に、周囲の岩石とともにダイヤモンドが取り込まれ、一気に地表付近まで運ばれるのです。
ここで重要なのが、マグマの上昇速度です。ダイヤモンドが地表近くに運ばれる速度は非常に速く、時速数十キロメートルにも達することがあると言われています。急速に地表付近へ運ばれることで、地下深くで結晶化したダイヤモンドが保たれやすくなると考えられています。ゆっくり上昇すれば別の構造へ変化する可能性もあるため、私たちが天然ダイヤモンドを手にできるのは、いくつもの条件が重なった結果なのですね。
3.世界のダイヤモンドの歴史

ダイヤモンドが人類の歴史に登場してから、その産地は時代とともに移り変わってきました。この章では、世界各地でダイヤモンドがどのように発見され、産業として発展していったのかを見ていきましょう。
インドから始まった物語は、やがてブラジル、そして南アフリカへと舞台を移していきます。それぞれの時代でどのような出来事があったのか、順を追ってご紹介します。
3-1.インドで始まったダイヤモンド文化
ダイヤモンドはかなり古い時代から、人類に使用されていました。少なくとも紀元前4世紀頃にはダイヤモンドを取引していたと言われています。この頃のダイヤモンドは現在のような強く輝くための加工ができなかったので、ほぼ原石に近いような透明の石でしたが、それでもありふれた石とは異なる透明感に人々は神秘的なパワーを感じていたようです。当時の身分の高い人が魔除けのために見つける特別な存在として使用されていました。ダイヤモンドは「インド石」とも呼ばれていたほど、ダイヤモンドと言えばインドというイメージが強かったようです。
17世紀ごろまで、インドは世界最大のダイヤモンド産出国としての地位を保っていました。当時のダイヤモンドは河川の砂利の中から採集される方式が主流で、大規模な鉱山開発というよりも、地道な採集作業によって少しずつ集められていたようです。
インドで採れたダイヤモンドの中には、後に世界史に名を残す大粒の原石も含まれていました。その代表例が「コ・イ・ヌール」と呼ばれるダイヤモンドです。名前くらいは聞いたことがあるという人も多いのではないでしょうか。
コ・イ・ヌールは186カラット(377.2グラム)もの巨大なダイヤモンドで、1851年のロンドン万博で展示されたことで注目を集めました。
「コ・イ・ヌールを持つものは世界を制する」という言い伝えがあり、世界中の権力者がこの石を求めましたが、現在は105.6カラットにリカットされた石がイギリスの王冠に飾られています。
こうしたインド産のダイヤモンドは、時代とともに徐々に枯渇していきます。新たな産地が見つかったことで、世界のダイヤモンド産業の中心地は少しずつ移り変わっていくことになったのです。
3-2.ブラジルでの発見と産出量の増加
インドでのダイヤモンド産出が減少し始めた1700年代初頭、新たな産地として浮上したのがブラジルです。当時ポルトガルの植民地であったブラジルで、ダイヤモンドの鉱床が発見されました。
このブラジルでのダイヤモンド発見には、興味深いエピソードが残っています。金を採掘していた金鉱夫たちが、地元の川砂利をふるいにかけていた際、偶然にもその中からダイヤモンドが見つかったというのです。金を探していたはずが、思いがけずさらに価値のある石を発見することになったわけです。
その後、ブラジルの産出量はどんどん増加していきました。1720年頃に鉱床が発見されて以降、ブラジルは150年以上にもわたって世界のダイヤモンド市場を支配し続けたと言われています。それまで限られた人々のものだったダイヤモンドが、供給量の増加によって少しずつ市場に流通するようになっていったのです。
3-3.南アフリカでの大鉱床発見と近代化
ところがブラジルでのダイヤモンド産出も長くはもちませんでした。インドに続いてブラジルのダイヤモンドも枯渇していったのです。
その後のダイヤモンドの歴史における大きな転換点となったのが、19世紀の南アフリカでの発見です。1866年、南アフリカでダイヤモンドの大鉱床が発見されると、世界のダイヤモンド産業は一気に新しい時代を迎えることになりました。
さらに1890年には、カリナンという非常に大規模な鉱山が発見されます。この発見によって、南アフリカは主要なダイヤモンド産出国としての地位を確立しました。この鉱山からは、後に「カリナン・ダイヤモンド」として知られる、当時世界最大級の原石も産出されています。
南アフリカでの大鉱床発見は、単に産出量が増えたというだけにとどまりません。それまで王侯貴族など、限られた富裕層だけのものだったダイヤモンドが、安定した供給によって一般の人々にも少しずつ手が届くものへと変わっていったのです。19世紀末には、婚約指輪としてダイヤモンドを選ぶ習慣も、じわじわと一般家庭にまで広がり始めました。
ダイヤモンドを多くの人が使用できるようになったのは、ユーザー目線ではとてもうれしい変化でしたがダイヤモンドを売りたい側の人間からすると必ずしも喜ばしいことではありませんでした。供給が増えたことにより、ダイヤモンドが値崩れしてしまったのです。そこで設立されたのが、「ダイヤモンドは永遠の輝き」というキャッチコピーを生み出したことで知られるデビアス社です。デビアス社はダイヤモンドの90%を独占し、供給量を調整することでダイヤモンドの価値を引き上げました。こうしてダイヤモンドが希少性が高く高価なものだというイメージが作られたのです。
3-4.現在の主な産出国
現在は新たな鉱山も発見され、天然ダイヤモンドの原石を産出している国は、ロシアやカナダ、ボツワナなどの南アフリカ大陸の各国に限られています。産出国によって原石の品質やカラーの傾向にも違いが見られ、こうした違いがダイヤモンド選びの参考になることもありますよ。
その反面、ダイヤモンド産業には複雑な側面もあります。1980年代からアフリカの一部地域では内戦が起こり、その資金源としてダイヤモンドが利用されるという痛ましい問題も起きました。こうしたダイヤモンドは「紛争ダイヤモンド」と呼ばれ、国際社会で大きく問題視されるようになったのです。
この問題に対処するため、2003年には「キンバリープロセス認証制度」という国際的な仕組みが発足しました。原石の取引経路を追跡し、紛争資金に関与していないことを証明するこの制度ができたことにより、現在流通しているほとんどのダイヤモンドは紛争ダイヤモンドではないと言われています。ダイヤモンドを手にする時、こうした背景があることも知っておくと、より深く石と向き合えるのではないでしょうか。
4.ダイヤモンド加工の歴史
美しく輝くダイヤモンドの姿は、実は加工技術の進化とともに作られてきたものです。地中から発見されたばかりのダイヤモンドの原石は、ショップで見るダイヤモンドのようにキラキラと輝いているわけではありません。ダイヤモンドの輝きは、人間が手間暇をかけて作り上げるものなのです。
この章では、ダイヤモンドがどのようにカットされ、現在のような輝きを手に入れるようになったのか、その加工の歴史をたどっていきます。時代とともに移り変わっていったカット技術の変遷を知ることで、ダイヤモンドの輝きへの見方が変わるかもしれません。
| 時代 | 代表的な加工 | 特徴 |
| 14世紀以前 | 原石のまま | 硬さや自然な形を楽しむ |
| 14〜16世紀 | ポイント・テーブル・ローズ | 割る・磨く技術が発展する |
| 17〜19世紀 | マザラン・オールドマインなど | 輝きを重視した多面カットへ進化する |
| 20世紀以降 | ラウンドブリリアント | 光の反射を理論的に生かす |
4-1.~14世紀まで|ありのままのダイヤモンドを楽しむ時代
現在では、ダイヤモンドといえば美しくカットされ、輝きを最大限に引き出された状態で流通しています。ですが14世紀ごろまでは、ダイヤモンドは原石に近い状態のまま身につけられることが一般的でした。
ダイヤモンドは「地球上でもっとも硬い物質」と言われており、加工が非常に困難です。そのため長い間、原石の角張った部分を滑らかに整えたり、表面を軽く磨く程度の加工を施すのが精一杯でした。今のような加工技術はまだ確立されておらず、ダイヤモンドそのものが持つ硬さや存在感を、そのまま楽しんでいたようです
ただ、この時代にもダイヤモンドは特別な石として扱われていました。他の石にはない透明度は、原石でもはっきりとダイヤモンドが特別なものだと示していたのです。ダイヤモンドは神秘的な存在として、その硬さや希少性そのものに価値が見出されていた時代でした。
4-2.14世紀~|ダイヤモンドを「割る」ことが可能に
14世紀に入ると、ダイヤモンドの「へき開」という性質を利用した加工が行われるようになります。特定の方向へ力を加えて原石を割るクリービングや、先端を整えるポイントカット、ダイヤモンド同士を擦り合わせる研磨技術が発展しました。現在から見ると素朴な加工ですが、職人たちがより美しい輝きを追求する大きなきっかけになったのです。
15世紀半ばには8面体にカットされたポイントカットのダイヤモンドの上下をさらにカットするテーブルカットが開発されました。テーブルカットのダイヤモンドはそれまでのダイヤモンドとは段違いに美しく光を反射し、強く輝いたそうです。その輝きに職人はとても驚いたとか。
これ以降より強く輝くダイヤモンドを求めて、さまざまなカット方法が開発されていきます。16世紀に入ると、バラのつぼみに似た形をした「ローズカット」が誕生します。平らな底面と、三角形のファセットが並ぶクラウン部分を持つこのカットは、16世紀から19世紀にかけて広く用いられました。ローズカットのダイヤモンドは光をやわらかく反射し、ろうそくの明かりのもとで幻想的な輝きを見せました。時代に合わせた、とても美しいカットだったんですね。
4-3.17世紀~|ブリリアントカットの誕生
もともとダイヤモンドは主な産出国であるインドでその多くが使用され、良いものはインドから出ないと言われていました。ですが17世紀になるとその状況に変化があり、より多くのダイヤモンドがヨーロッパへ届くようになりました。人々のダイヤモンドへの関心が高まり、さらに美しいカットを求めてさまざまな加工が施されるようになります。そんな流れの中で、最初のブリリアントカットと言われる「マザランカット」が17世紀後半に登場しました。
17世紀末には、オールドマインカットが登場しました。丸みのある輪郭を持ち、現在のラウンドブリリアントカットの原型のひとつとされています。18世紀には、より丸いオールドヨーロピアンカットへと発展。機械技術の進歩によって精密な加工も可能になり、大きさを残すことより、光を強く返す輝きを重視する考え方が広がりました。
1919年には、マルセル・トルコフスキーがラウンドブリリアントカットのプロポーションを理論的に示しました。原石を多く削る必要はありますが、光の反射を生かせるため、現在でもダイヤモンドを代表するカットとして親しまれています。
ですがダイヤモンドのカット方法はそこで歩みを止めたわけではなく、その後も「エクセレントカット」や「ハートアンドキューピッド」などの個性的かつ魅力的なカット方法が開発され続けています。
4-4.現在のダイヤモンドカットの評価
長いカットの歴史を経て、現代では世界的に権威のあるアメリカの宝石鑑定機関GIAが、カットの評価基準を定めています。
ダイヤモンドの価値は4Cという4つの基準(カラット=重さ、カット=カット方法、カラー=色、クラリティ=透明度)で評価されます。この4つの基準のうち、カットだけは人為的要素が入る基準です。
そして注意しなければならないのは、4Cで評価されるカットはラウンドブリリアントカットのみだということ。前述したようにダイヤモンドにはさまざまなカット方法があり、ラウンドブリリアントカットが主流ではありますがその他のカット方法を施されたダイヤモンドも実際に流通しています。ですが、GIAではさまざまな形の研磨済みダイヤモンドをグレーディングしますが、総合的なカットグレードが付くのは、DからZカラーの標準的なラウンドブリリアントカットです。ほかの形にもそれぞれの魅力と価値があります。
ラウンドブリリアントカットのダイヤモンドはポリッシュという研磨の品質やシンメトリーというダイヤモンドの対称性など、複数の評価方法で判定され、もっとも評価の低いPoorからもっとも評価の高いExcellentまでの5段階に分類されます。ダイヤモンドの品質を示す鑑定書である鑑定書にはカット評価も記載がありますので、確認するようにしましょう。
5.ダイヤモンドと婚約指輪の歴史

ダイヤモンドといえば、婚約指輪や結婚指輪をイメージする人も多いのではないでしょうか。ダイヤモンドは永遠の愛を誓う証として贈られることも多い宝石です。ではなぜ、人生の一大事である結婚に際してダイヤモンドの指輪が贈られるようになったのでしょうか。
この章では、ダイヤモンドがどのようにして婚約指輪の定番として選ばれるようになったのか、その歴史をご紹介します。
華やかなイメージのある婚約指輪ですが、その始まりには、ある王侯貴族のエピソードが関わっています。順を追って見ていきましょう。
5-1.ヨーロッパでの婚約指輪の始まり
結婚相手に指輪を送るという風習自体は約3000年以上前からあるとされています。ところが最初からダイヤモンドが婚約・結婚指輪に用いられていたわけではありません。
ダイヤモンドを使った婚約指輪の歴史は、もっと最近のことで、1477年のことだと言われています。のちに神聖ローマ皇帝となるハプスブルク家のマクシミリアン大公が、ブルゴーニュ公国の公女マリーと婚約した際にダイヤモンドの指輪を贈ったことが、史実に残る最初のダイヤモンドの婚約指輪だそうです。
この指輪は、四角くカットされたダイヤモンドをMの字に配したデザインだったと伝えられています。Mという文字は、ふたりのイニシャルであると同時に、聖母マリアを表す意味も込められていたようです。ただ、この時代のダイヤモンドはまだ非常に高価なものでした。婚約指輪としてダイヤモンドを贈るという習慣は、しばらくのあいだ王侯貴族などの限られた人々のものにとどまっていたのです。
5-2.「永遠の愛の象徴」と言われる由来
ダイヤモンドが「永遠の愛の象徴」と呼ばれるようになった背景には、その物理的な性質が深く関わっていると言われています。ダイヤモンドは地球上に存在する物質の中でもっとも硬い物質です。他の宝石に傷つけられることなく、きちんと管理すれば子供や孫に受け継いでいくことも可能なほど耐久性に優れています。この揺るぎない硬さが結婚するふたりの「変わらない愛情」や「永遠の絆」を象徴するとされてきました。
こうした意味づけが広まったことで、男女を結びつける「永遠に続く愛のシンボル」として、ダイヤモンドは婚約指輪にふさわしい宝石だと考えられるようになっていったのです。
長いあいだ王侯貴族のものだった婚約指輪の習慣が、一般の人々にも広まっていったのは19世紀末のことです。1866年に南アフリカでダイヤモンド鉱山が発見され、安定した供給が可能になったことが、大きなきっかけのひとつだったと考えられています。ですがその時点ではダイヤモンドは数ある選択肢のうちのひとつにすぎませんでした。それを変えたのが、ダイヤモンドの供給を抑えて値崩れを防いだデビアス社です。デビアス社は1947年に「ダイヤモンドは永遠の輝き」というキャッチコピーを生み出しました。広告や映画などを通して、ダイヤモンドに対する憧れを広げていったのです。
こうしてダイヤモンドは特別な存在になり、「永遠の愛の象徴」として婚約指輪や結婚指輪に用いられるようになりました。
6.日本におけるダイヤモンドの歴史
世界では紀元前から長い歴史を歩んできたダイヤモンド。ですが、日本にその文化が伝わったのは、比較的新しい時代のことでした。
最初にダイヤモンドが日本に持ち込まれたのは、江戸時代です。この時代、鎖国をしていた日本では、外国との交流はごく限られたものでした。その限られた外国との窓口のひとつである長崎県の出島に出入りしていたオランダ船がダイヤモンドを持ってきたのです。ところがこの時ダイヤモンドを目にした人物はごく少数で、ひろく知られるのはあとの時代になります。
江戸時代には広まることがなかったダイヤモンドは、いつ頃、どのようにして日本でこれほどメジャーになったのでしょうか。この章では、日本におけるダイヤモンドの歴史と、現在の価値の考え方についてご紹介します。
6-1.明治|ダイヤモンドの渡来
長く鎖国をしていた江戸時代が終わり、明治時代が始まった1860年代後半。日本では積極的に西洋文化を取り入れようとする動きがありました。
その流れで、特に日本の一部の富裕層の間でさまざまなジュエリーが流行します。それまでの日本では装飾品というと真珠や珊瑚、翡翠など、国内や中国など近隣の国で産出される宝石が主でした。ですが明治時代になって、ダイヤモンドなどを用いたジュエリーが少しずつ輸入されるようになり、その美しさが知られるようになっていったのです。
ただ、この時代のダイヤモンドはまだまだ限られた人々のものでした。ダイヤモンドといえば、絵画の中でダイヤモンドを身につけた貴婦人像や富の象徴として文学作品の中で描かれるような、ごく限られた特別な存在。一般の家庭にまで広まるには、もう少し時間がかかることになります。
6-2.昭和|婚約指輪としての普及
時代は移り昭和になると、日本でも少しずつダイヤモンドを身につける人が増えていきます。太平洋戦争がありダイヤモンドが輸入されなくなったり、物資不足の影響があってジュエリーを身につける人は一時減りましたが、戦後になると庶民の間でも生活の欧米化や経済の発展に伴い、一気にダイヤモンドが広まっていきます。まだまだ高級品ではありますが、多くの人の憧れの存在としてダイヤモンドが知名度を上げていったのです。
さらに高度経済成長期の1970年代に入ると、前述のデビアス社が「婚約指輪は給料の3ヶ月分」というキャッチコピーでダイヤモンドの指輪を売り出しました。こうした流れの中で、光り輝くダイヤモンドをセンターにあしらった婚約指輪が、日本の結婚文化にしっかりと定着していったのです。
世界の歴史と比べると、日本でダイヤモンドが一般に広まったのは比較的新しい時代だと言えるでしょう。それでも、現在では婚約指輪といえばダイヤモンドを思い浮かべる人が多いほど、日本の文化に深く根づいた存在になっています。
6-3.昔のダイヤモンドに価値はある?
親や祖父母の代から受け継がれてきた古いダイヤモンドのジュエリーを持っているという人もいるかもしれません。そうした昔のダイヤモンドに、今でも価値はあるのでしょうか。
結論から言うと、古いダイヤモンドであっても、価値がなくなってしまうわけではありません。ダイヤモンドは化学的に非常に安定した鉱物であり、適切に保管されていれば、年月が経っても輝きが大きく損なわれることは少ないと考えられています。
ただし、古いカット技法で加工されたダイヤモンドは、現代の評価基準で見ると、輝きの点で今のブリリアントカットに劣ることもあるようです。ですがオールドマインカットやローズカットなどアンティークならではのカットは、現在ではなかなか手に入らない希少なものとして、独自の評価を受けることもあります。古いから価値が低い、高いと一言では言えないのがダイヤモンドです。
もし自分では使用しないのなら、売却を考えてみてもいいかもしれません。ダイヤモンドは資産価値のある宝石です。付属のボックスや鑑定書などがあればさらに高値で売却できる可能性もあります。また、耐久性の高いダイヤモンドはリフォームにも向いています。ジュエリーのデザイン自体が古くても、宝石のみを利用することも可能です。
「古いから価値がないだろう」と思って仕舞い込んでいるのはもったいないですよ。
7.まとめ
今回はダイヤモンドの誕生から、世界各地での発見の歴史、加工技術の進化、そして日本での広まりまで詳しくご紹介しました。
ダイヤモンドの起源は、地球の誕生からそう遠くない太古の時代にまでさかのぼります。地底深くの高温高圧の環境で数億年という時間をかけて結晶化し、キンバーライトと呼ばれるマグマによって地上へと運ばれてきます。
たくさんのダイヤモンドが産出されるインドでは少なくとも紀元前4世紀頃から使用されていたと言われており、その後世界中に広まっていきました。同時に、職人たちの手によってカット技術も進化を続け、強い輝きを見せるラウンドブリリアントカットという美しいカット方法が生み出されました。日本におけるダイヤモンドの歴史はまだ浅いですが、それでも今では多くの人々の暮らしに深く根づいています。
こうした背景を知った上でダイヤモンドを眺めてみると、いつもとは少し違った気持ちになるのではないでしょうか。身につけているジュエリーの向こう側に、太古の地球から続く壮大な物語があると思うと、その輝きがより特別なものに感じられるはずです。




